2010年11月12日金曜日

尖閣ビデオ流出事件:検察・警察の筋道と政治的落としどころ

またもや検察・警察、海保など捜査機関からにリーク情報で今回の尖閣ビデオ流出事件の内容を知ることになった。検察・警察の描く道筋と政府が取ろうとする落とし処が何処にあるのか。

解明が困難と言われていた証拠固めからの実行者の割り出しも、実行者の「私がやりました」の告白で早まったが、流出意図や流出経緯がはっきりさせることがまだ出来ないために逮捕に至っていないらしいが、中国政府が「これ以上日中関係を荒立たせたくはない」という意向に配慮して、APEC終了までは何の変化もないのか。

一方、証拠固めから実行者を割り出す方法は、時間がかかるが特定できないこともある。USBメモリーは「神戸市内で壊して棄てた」と供述している。

実行者が告白したことで、かえって難しい局面になってきたのではなかろうか。

毎日繰り出される情報を見るにつけ捜査機関からのリーク情報には、世論操作危険が指摘されている。

政治資金規正法違反事件では、小沢=悪者の構図ができあがったと批判が集中した。ところが大阪地検特捜部のFD捏造事件では、検察のリーク情報で前田、その上司=悪者ができあがったが、誰も批判はしなかった。検察内部の問題だから放っておけということか。

ところが、今回の流出事件では、実行した保安官=悪者と、=正義の味方の両論が出てきて、正義の味方説が圧倒的に大きい。ビデオ流出によって、「良くやった」と評価されているのだろう。

小沢さんは「不正はやっていない」と主張したが、今回の保安官も「犯罪意識はない」と言っているようだ。あの時、小沢さんを擁護したジャーナリストも今回は実行者の保安官を擁護することはなく、「流出させたことに責任がある」という。

一体何処に落ち着くのだろうか。政府は、国家公務員法守秘義務違反で起訴されることを望んでいるのだろう。「ケジメのついたしかるべき処分をしてもらいたい」と官房長官は言う。

この問題は、行き着く処は「公開が国益に沿うものなのか、非公開が国益に叶うものなのか」に尽きる。

政府は非公開の姿勢を取ったが、前原さんは「一目瞭然」とコメントしたし、限定公開でも見た議員が模型を使って説明していた。やっぱり中国側は間違っている。今回の公開で日本側の正しさが確認できた。非公開にするメリットは何処にもない。

責任の取り方を質問された仙石さんは「政治職と執行職では当然違う」と、今まで聞いたことのない論法で閣僚の責任を早々と否定した。

撮った映像の管理責任は海上保安庁が負わなければならないが、中国人船長の処分保留のままでの釈放から始まる今回の処理をめぐってのゴタゴタの責任は政府にある。

国会は官房長官を参考人招致し、ことの処理が正しかったかどうかの検証をするべきである。そして仙石官房長官を辞任させるべきである。

折しも、余り好きではない民主党参議員会長の輿石さんも「一般公開すべきだ」と言う。小沢さんが何日か前に「政治家が責任を取らなければならない」と発言していたが、この件では小沢系議員の方が民意に沿っていそうだ。

相変わらず中国の考えは理解できない。APECでの日中首脳会談を念頭においてか、「条件を整えるのは日本側にある」とか、船主が中国人である貨物船が西表島沖で行くへ不明になり、海保が中国人船員4人を救助したことで、「この件を高度に重視している」とのコメントが報道された。

海保の船艇に衝突事件を起こしたり、その海保に海難事故で救助されたり、中国は自分のやっていることが恥ずかしくないのか。

APEC出の首脳会談の有無は偏に中国側の誠意にある。議長国だからと言って成功裏に終わらせるためにひれ伏すことがあってはならない。中国が会談をやりたいと言えば、応ずればよい。そして「固有の領土である」ことを強調すればいい。ひれ伏すこと自体が、国益を害するのだ。海上保安官は、体を張って領土を守っていることを、この映像から知るべきだ。

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