2014年8月4日月曜日

「決める政治」:野田さんが総理を続けていたら「政治の風景」が変わったか

官邸カワラ版より
民主党の野田さんが、今も総理を続けていたら「政治の風景」が変わっていたかもしれない。そんな記事が目についた。msn(2014.8.3)でジャーナリストの伊豆村さんが、今の政治部記者はスキャンダルや失言、裏話、噂話をネタに記事を書き政界記者と揶揄されている。もっと政権の施策の真相や事実関係をわかりやすく国民に伝えていれば、野田政権はもう少し続いたのではないかというのだ。

その根拠として7月25日の経済倶楽部での定例講演会で野田さんが登場し総理当時のオバマ大統領との会談、APECでの胡錦濤国家主席との立ち話の秘話を紹介したそうだ。特に当時の新聞は、胡錦濤さんとの「立ち話」の写真とともに「尖閣列島を国有地化するな」との忠告を受けたが野田政権は国有化し中国との間に反日爆発の結果を招いたと報じた。

しかし本当は、野田さんの方から歩み寄り東北地方太平洋沖地震での中国支援のお礼と中国での震災のお見舞いを言ったのだという。国有化はすでに決まっていたのだ。メデイアがもっと真実を伝えていたらと悔やむ。

私も野田総理は鳩山、菅さんと違って共感すべき面もあった。2012年12月24日の私のブログで「民主党政権だった何か良いことはなかったか」という記事を掲載したほどだ。

官僚主導から政治主導を訴え、国家戦略局、事務次官会議の廃止、天下り禁止など画期的で急激な政策に手を付けたが中途半端で官僚機構依存へ逆戻りした。この政策には官僚機構を代表して財務省が猛反対したはずだ。菅さん、野田さんは財務相経験者として財務省の意向をくんだ可能性はある。

あの国民的関心事になった「事業仕分け」は、政治を身近なものにするかと思ったが「廃止」判定事業も最終的には政治判断で復活するパターンが増え失望した。

民主党政権も大半を野党からたらい回しでなく退陣、解散・総選挙をしつこく強要され、むなしい時間を過ごすことが多かった。

菅さんは「何時退陣するのか」と突っ込まれ、次々に新しい政策を提言し、「達成されたら、若い世代にバトンタッチする」と退陣先送りを目論んだ。

続く野田さんも「何時 解散・総選挙だ」と追求され、「近いうち」と応じ「それ以上でもそれ以下でもない」という珍問答を繰り返した。

しかし、安倍総裁(当時)vs野田総理の党首討論で、野田さんは「約束してくれれば明後日、解散します」と発言し、安倍総裁はうろたえるし、部屋は「ウォ-」という響めきがあがった。

久しぶりに野田総理の「決められる政治」、「前に進む政治」を見せつけられた感がした。松下政経塾出身の政治家とあってデイベートはうまい。

2012年12月21日、選挙で大敗した後の特別国会を控え、総辞職前のブログで、最優先課題として掲げてきた震災からの復旧・復興、原発事故との戦い、経済再生、政治生命をかけて挑んだ社会保障・税一体改革、定数削減を含む政治・行政改革、いずれも道半ばであるが一歩一歩着実に前へ歩を進めてきたつもりだと感謝の思いが綴られていた。

「動かない政治」を動かすことに全力を挙げた自負が感じられた。

カネも看板も地盤もない野田さんが総理の座に上れたのは毎朝の街頭に立つことの繰り返しだったと言い、自らを「政治改革家」と称した。何時だったか忘れたが、民主党を「政治改革党」と言ったことがあるが、脱世襲政治も掲げていた。

改めて、官邸カワラ版「総理のブログ」で野田さんの考えを探ってみた。

「決断する政治の大きな一歩」
日本は国際社会で「決められない政治」「先送り政治」の代表例の様に言われてきたが、社会保障と税の一体改革が3党修正を経て衆院を通過した。野田さんは「決める時には決めるのだ」と強調した。

「前に進むか 後へもどるか」
衆議院を解散したことは「決断する政治」実現のための重大な決断だという。政権交代によって目指したまだ道半ばの改革を更に進めていけるか、それとも政権交代の古い政治にもどるのか。選挙戦で訴えられたことだ。

選挙の争点は、社会保障と一体改革をやるかどうか。「人への投資」路線から公共事業のバラマキを繰り返すのか。2030年代に原発ゼロを目指す脱原発依存か。冷静に現実的外交、安全保障を進めるか、「強い言葉で語れば良い」とするか。脱世襲政治や定数削減を続けるか等だ。
今、自民党・安倍政権になって「後へもどった」と感じる人が多いのではないか。自民党は野党時代「消費税増税」を民主党のマニフェストに書かれていないと批判したが、今集団的自衛権行使の憲法解釈見直しは自民党のマニフェストに書かれているのか。公明党の山口さんは、公約に書いた経済再生を後回しにして公約に書いてない集団的自衛権行使に懸命になると安倍総理を批判していた。

「決断する政治を日常的光景に」

野田さんは記者会見で社会保障と税の一体改革の8つの関連法案を成立させることが出来たことを、政治家が使命感と覚悟を持ち、大局的に取り組めば、政治の停滞は打破できると言う。

これを契機としてこれからも「決断する政治」を日本の政治の日常的な光景として定着させなければならないという。

「政治の風景が変わる」

そして、社会保障の対象は今7割が高齢者向けで若い人は恩恵を受けていない。負担を一方的に請け負ってしまうが、若い人がもっと政治に参加すれば政治も変わってくる。投票権を持って、このことに問題意識を持って、どの政党、どの政治家、次世代のことを考えているのは誰かと言うことに関心を持ってくれれば「政治の風景は変わる」という。

これは2012年4月23日のTBSテレビ「NEWS23クロス」で学生との討論会で言ったことだ。

このとき、学生から「もっと若者の中に入っていかなければ」と提言され、野田さんは「良いこと言うね」と応じていた。

野田さんは党内にも反対論者を抱えながら野党と協調し[決める政治]に苦心していた。

野田総理がまだ続いていれば、国会では日常の光景として「決断する政治」が見られ、巷間では「政治の風景が変わった」かもしれないが、残念ながら国民は総理の座から引き下ろした。

今、安倍総理と比較し「政治の風景は変わった」と言えるか。

野田さんは丁寧な説明で「決める政治」、「前へ進める政治」を目指したが、安倍さんは丁寧な説明を説くが「ごり押しの政治」を目指しているのではないか。

野田さんの方がよかったと国民が思う時が来るかもしれない。


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