2015年2月23日月曜日

どうして安易に人を殺すのか:「やったらどうなるか」の予測力の欠如か

どうしてこうも友人や隣人を殺す事件が多いのか。「人を殺したらどうなる」と予測する力が欠けているのか、それとも冷静さを欠き衝動的行動に走っているのか。以前、毎日新しい殺人事件が起きるので事件が増加しているのかと思って調べてみたが、1日に3件程度の割合で殺人事件が起きているのだからテレビニュースがそう思えても仕方ないのだ。

それにしても隣人や友人、それも小、中学生の事件には驚かされる。

和歌山県紀ノ川の小学生殺人事件、川崎の多摩川河川敷での中学生殺人事件、佐世保の女子高生による同級生殺人事件、名古屋大学生の殺人事件など残酷な事件、それに母親、父親による幼児虐待殺人事件が後を絶たない。

人を殺そうと思う前にチョット待った。「人を殺せばどうなるか」を考えてみたことがあるのだろうか。

被害者の家族に大きなショックを与えることは当然だが、加害者の家族にとっても生活が大きく変わるのだ。家族はバラバラになり、親は失業、夜逃げ同様の引っ越しでどこかでひっそり暮らすことになる。

本人だって、少年院送りか服役しなければならなくなる。精神鑑定されれば異常性格の場合も出てくる。だとすると日常生活で何か異常が見られたはずだが一様に見られなかったというのだ。

小学校や中学校の校長などが記者会見するが「そういう兆候は見られなかった」という。それはそうだろう。異常が見られると対応する必要があるが、それをやっていなかったのだから組織を守るためにも否定するしかない。

加害者の親はどうだったのかと思うが、メデイアには出てこないので分からない。

幼児の虐待、殺人事件も周りが気がついて児童相談所に相談するが、親から「大丈夫だ。そういうことはない」と言われればそれ以上のことは出来ない。

事件が明るみに出る度に「もう一歩踏み込んでいれば」と反省の弁を聞くが改善された話は聞かない。

「どうしてこんな残虐な事件が」と思うのだが、殺人シーンはテレビのサスペンスドラマで毎日残虐なシーンを見せつけられている。決まり切って殺人シーンがあって刑事役の俳優や女優さんが犯人に迫っていくストーリーだ。

パソコンゲームだって殺し合いだ。つい最近ではイスラム国による人質殺害ニュースも残酷極まりない映像が流れているようだ。

これでは抵抗力はなくなるし、ストーリーは加害者が逮捕されて終わるので、その後の裁判、服役、離散する家族のことなど肝心なことは省略される。

「人を殺したらどうなるか」、そこまで予測、想像力がないから事件を起こしてしまう。

学校では道徳教育、以前は「ゆとり教育」もあった。「他人の生命、財産を侵すことはいけない事」と学ばないのか。「ゆとり教育」は、大人になるまでの必要なことを教える教育ではなかったのか。学力が落ちると「ゆとり教育」に時間が取られたためだと勉強の方に時間を割く。

最近、学力が上がったという結果が出て、「ゆとり教育」を止めたためだと評価していたが、逆に「ゆとり教育」の結果が出て来たのだという意見もある。

「ゆとり教育」は必要だと思うが、肝心の学校がどういう教育をして良いのか分からなかったことに問題があるのではないのか。

安倍総理は「イスラム国」による2人の邦人の人質殺害事件で、「国民の生命、財産を守るのは私の責任」と豪語していたが自衛隊の活動を拡大する魂胆があってのことだろうが、国内のこう言う問題にどう対応しようとしているのか。

「事件を起こせばどうなるか」、予測できる力を付けて欲しいものだ。

今、公立の小学校、中学校は荒れているらしい。「あの中学はあれているそうだが、こっちの中学校はそうでもないようだ」という話が親の間で出ている。金持ちの親は子どもを私立に通わせるようだ。

公立中学校でも朝、教員や父兄が交代で門に立ち「おはよう」と声をかけているが効果はどうなのか。


殺人事件を減らすには社会現象を変えていかなければならない。まず、サスペンスドラマなどテレビドラマなどを検証すべきではないのか。麻薬、できちゃった婚、結婚、離婚の繰り返しなど道徳も乱れている。大きな要因は有名人の私生活にあるのではないか。有名人は有名人らしく生活を正すべきではないか。

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