2015年9月2日水曜日

五輪エンブレム、STAP細胞捏造、プロ野球、政界に見る責任の取り方、逃げ方

盗用疑惑が増す一方の東京オリンピック・エンブレムがやっと「使用取りやめ」が決まった。組織の不祥事が発生した場合早急に事態を収拾するためにトップが辞任することが多いがその責任の取り方、逃げ方で組織の信用を大きく失墜することになる。その責任の取り方、逃げ方を五輪エンブレム、STAP細胞論文捏造、プロ野球、政界の事例で考えてみた。

今回の東京オリンピック・エンブレムは、あの華やかに演出されたエンブレム発表直後から盗用の疑いが報じられた。画像検索技術の進歩で素人でも容易にチェックすることが出来るから作成者の佐野さんが「模倣ではない。オリジナルだ」と言っても「盗用ではないか」とエスカレートするばかりで収拾が付かない。

そういえば、googleブログで参照元URLhttp://image search・・・が出るが、地震関連の記事で自分が手書きした資料の画像が載っているのには驚いたことがあるが、必要な画像類は簡単にネットで検索できる。ネット上に載った図案なども専門に保管して有料で提供するサイトもあるらしい。だから佐野さんが「見ていない。知らない」と言っても誰も信用しない。

大会組織委員会は事態収拾のために審査段階での原案、修正案、最終案を提示し、原案が他に似た物があったので修正し、最終案にしたと言い、原案はベルギーの劇場のロゴに似ていないと主張した。でも素人判断でも最終案は劇場のロゴに酷似しているとみえた。

ベルギーではIOCに使用差し止めを裁判所に提訴したという。IOCも当初は「問題ない」と鷹を食っていたようだが、度重なる盗用疑惑に呆れかえり大会組織委員会に「善処」を強要したのではないか。メイン会場の白紙撤回もあって大会組織委員会は擁護できず今回の急転直下の「撤回、再公募」の判断をしたのではないか。

とどめはヤン・チヒョルド氏の作品展覧会のポスターデザインに原案が酷似していることも大会組織委員会を動かしたのだろう。

昨日の記者会見で記者から「どこの誰に責任があるのか」という質問に武藤事務総長は「多くの分野で多数の人が関わっており、誰か一人の責任というわけには行かない」という意味の説明をし、責任回避の姿勢を示した。

これはおかしい。メイン競技場の白紙撤回を含めこれほどの失態では誰かが責任を取ることがケジメになる。多くの分野、多くの人間が関わっている以上は大会組織委員会の森委員長、武藤事務総長2人が責任をとるべきではないのか。

誰も責任を取らず引き続き再公募を急ぐとしたら、また同じような不祥事の起きる可能性も十分にある。

今回の撤回の理由も曖昧だ。「国民の理解が得られない」と言うことで佐野さんが「取り下げ」を申したてたと言うが、盗用の疑惑は認めていない。スタッフや家族にも批判が集まっているので「スタッフ、家族を守る」ためにも取り下げたという。

佐野さんは「盗用」の汚名だけは避けたかったのだろう。そしてデザイン審査の過程も問題だ。8人の審査委員の過半数以上と言うから5人以上の評価を得たのだろう。大御所ばかりの密室での審査ということで何かあったのではと疑う。

思い出すのはSTAP細胞捏造事件だ。日本科学界の信用を大きく失墜させた事件であったが、当時の理研の野依理事長の責任を記者が突いていたが、野依さんは「現場の研究者の責任、組織のトップが責任を取った例はない」と他人事のようだった。しかし一定の期間を置いて辞任したが、「責任を取ったわけではない」と最後まで言い張った。

一方で、責任を潔く取る例もある。プロ野球の世界では成績不振でシーズン後に監督を辞任する例もあればシーズン途中で休養という形で辞任することもある。プロ野球の監督は組織では課長クラスと聞いたことがある。中間管理職が責任を取る良い例なのか。

政界も責任がうやむやなうちに終わる世界だ。

政治資金規正法で疑惑が出て来ても責任を取って大臣は辞職しても議員を辞めることはほとんどない。死活問題で政党のトップは「ご本人が判断されること」と逃げの一手だ。何ら説明責任を果たすことなく田舎の選挙区から「禊ぎ当選」を繰り返すことになる。

「自分が責任を取って辞任する」という文化はどこへ行ったのか。

大会組織委員会のトップは元政治家、事務総長は官僚機構のトップで「自分が責任を取って辞任する文化」など持ち合わせていない。


メインの国立競技場、エンブレム問題の教訓をどう生かすか、関連する組織のトップは今から覚悟をしておいた方が良い。責任逃れのみっともない姿は見たくない。

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